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「思い出のマーニー」考察


「思い出のマーニー」が10月13日に金曜ロードショーで地上波初登場すると聞いて、
映画館で観て以来ずっと頭の中にあったものをはやく言葉にしてあげなければならないなと思った。

この映画最大のミステリーポイントは、「マーニーとは誰なのか」。
しかし、それをこの物語のテーマだと思いながら見ると、「結局よくわからない」映画になってしまう。

では、このポイントに対する私なりの解釈を書いてみようと思う。
といってももうさんざん他の人の手によって解釈され尽くしている感もあるので、
「そんなのもうとっくにわかってたよ」なんてこともたくさんあるかもしれないけれど、
「そういう考え方もできるな」と思えるようなこともあればうれしい。

あと、この映画は何度見ても面白いのは確かだけれど、
最初の1回はやっぱり結末を知らない状態で観てほしいと思う。
この記事はネタバレとなるのでまだ本編を観ていない方はご遠慮ください。

 

 

しめっち屋敷に住む少女マーニー。
終盤で彼女の正体が明かされるまで観客も「マーニーって何者?」と疑問に思いながら過ごすことになる。

最初の私の解釈は『屋敷に住む幽霊』
血縁関係もなにもない、ただの地縛霊という解釈。

その次の解釈は『アンナが昔持っていた人形に何かが宿った』
見事にミスリードに引っかかった形。アンナが回想の中で持っていた人形にそっくりなんですね。今思うとあの人形はマーニーをモデルにして作られたものなのでは。

さらにその次の解釈は『アンナ自身(の一部)』
これは結構いい線いってるんじゃないかと思ってたんですよ。笑
アナと雪の女王」でオラフがエルサの持つ『愛』を具現化したであると言われるように、
アンナの理想や明るい部分が具現化したのではないかな、、、と。


そして最終的にマーニーは主人公アンナの祖母であることが明かされる。

アンナはマーニーの日記を見つけ、マーニーとの思い出がそこに書かれているのを見つける。
ただ、その日記には「アンナ」という名前は出てこない。アンナがいたはずのところには別な人物が…

それから祖母マーニーが赤ん坊のアンナに思い出話をするシーンでなるほど、と思うわけである。

アンナが経験したのは、むかし祖母マーニーが幼いアンナに語った思い出の一場面だった。
つまり、アンナの記憶にあった祖母の話がアンナの頭の中で再生された、いわば追体験することとなったのだな…と。

そう考えればマーニーが突然きえてしまった場面も説明できる。
おそらく、祖母マーニーがアンナに語らなかった部分なのだろう。

それから後半、マーニーがアンナに向かって「和彦」と呼びかけるシーン。
祖母マーニーは、和彦とではないエピソードについては「友達をパーティに忍び込ませてね」いう名前をぼかした話し方をして、(だから実際に誰だったのかはわからない、久子かもしれないし和彦かもしれないし第三者かもしれない)
和彦とのエピソードについては「和彦さんがね」という話し方をしたのではないかなと思う。
単純にアンナがだんだん現実と記憶の中の世界を区別し始めたということもありそう。


で、ずっと『アンナが見たマーニーは過去の姿なんだな、
アンナがマーニーとした会話は誰かほかの人がマーニーとした会話だったんだな…』と思っていたんだけど。

それじゃぜんぜん説明つかないことがたくさんある。
初対面のシーンもそうだし、告白の森のシーンもそうだし、
それに何より嵐の中でマーニーが許しを求めるシーンも、あれはアンナ以外の人間と会話しているようには見えず、
マーニーは記憶としての存在を超えてアンナと会話しているように思える。


それでやっぱりマーニーは『アンナ自身(の一部)』という解釈に戻ってみた。
『おばあちゃんが話してくれた思い出』+『記憶の中にあるおばあちゃんの姿の投影』+『アンナ自身の投影』
がまじりあった存在としてのマーニー。

アンナはおばあちゃんが話してくれた思い出を再生しつつ、
「おばあちゃんならこんな時こう言うだろう、こうするだろう」という風に記憶の中にあるおばあちゃんの姿を投影、
そしてアンナ自身の投影というのは、マーニーがアンナに言って聞かせることは、
実はアンナ自身の心の中で思っているようなことだった…ということなのではないだろうか。
例えばマーニーが「お金をもらっているかどうかと、おばさんがあなたのことを愛しているかは別よ」のような
セリフを言うシーンがあるけれど、それは実はアンナ自身も薄々わかっているように思える。実際、最後の養母との和解シーンでは、「知ってたよ」とあっさり受け入れている。

初対面のシーンでは、マーニーがアンナに「あなたのことをいつも見てた」というようなことを言う。
それもマーニーがアンナの一部であることを暗示しているように思える。
(アンナにはマーニーの血が流れているので身体的にもアンナの一部だし。)


そういう風に思っていたら、たまたま原画展に行ったときに
マーニーのラフの横に「アンナの一部」と走り書きがされていて
ヨッシャ! と密かにガッツポーズ。。。


もともと自分の中の潜在意識にひそむ存在だったマーニーが、
少女の形をとって目の前に現れたことで、
アンナの心境も少しずつ変わり始める。

輪の外側の人間だったアンナ。
幼少期には親戚の家を転々として、今の養母の家にたどり着くも助成金をもらっていることを知ってしまい、
自分は無償の愛を受け取る存在ではないと感じている様子。

無償の愛というのはこの映画のキーポイントであるように感じる。
キャッチコピーも「あなたのことが大すき。」

アンナは愛を受け取れない(実際にはそう思い込んでるだけだが)自分のことを見下すあまりに、愛を受け取ることに疑問を抱くこともない「輪の内側」の人々に対して攻撃的になっており、そしてそんな自分のことをまた見下すという悪循環に陥っている。

(その一方で、同じく「輪の外側」の人間であるトイチには不思議な親近感を抱いている。
 これは最近別な解釈サイトで知ったのですが、
 原作ではトイチの名前はWuntermennyといって、
 11番目の子であった彼を母親が「one too many(1人余計)」と呼んだことに由来しているそう。
 彼もまた無償の愛を受け取れなかった人間である)

「わたしは、わたしの通り。不機嫌で、不愉快で……だからわたしはわたしが嫌い」

そんなアンナにとって愛情とは、「普通」(アンナにとっては「ありのまま」という意味ではない)にしていないと受け取れないものであり、無償のものではないのである。

それに対してマーニーは、「普通」でないアンナにも愛情を注ぎ続ける。
よく、この映画のレビューで、「マーニーがアンナを好きになる理由がわからない」という意見を見かけるが、
そこに理由があったらこの映画は成り立たない。
アンナがいい子でなくても、「普通」でなくても愛し続ける、マーニーの無償の愛がこの映画のカギだからだ。

アンナに無償の愛を注ぐ人間は、肉親のマーニーだけではない。大岩のおばさん・おじさんもそうだ。
初対面の時、アンナは二人の前で「普通」に振る舞っているが、
信子のことを「太っちょブタ」と呼んでしまった(=「普通」でないことをしてしまった)後も二人がアンナを認めてくれたおかげで、アンナは二人にも心を開く。

そして、養母であるおばさんからも確かに愛を受け取っていることにも気づきはじめる(包丁づかいを褒められるシーン、たくさんの写真を見るシーン)。

周囲の愛に気づきはじめることで、少しずつ、アンナは輪の内側の人間(さやか)にも心を開きはじめる。
さやかに自分から自己紹介をするシーンはアンナの心境の変化がよく表れていてよかった。

そして、マーニーとの別れのシーン。
マーニーの正体を知った後で見ると、このシーンは初見とは全く異なる様相を見せる。

「絶対に許さない……
 どうして私を置いて行ってしまったの?
 どうして私を裏切ったの!?」
「お願いアンナ、許してくれると言って!」

少し前までのアンナは、自分を置いて死んだ両親、祖母のことを許すことができなかった。
しかし、この時アンナはマーニーにこう返す。

「もちろんよ! 許してあげる。あなたが好きよ、マーニー!」

「あなたが好き」という言葉は、相手に拒絶させるかもしれないと恐れていたら言えない言葉だ。
しかし、アンナには、マーニーの愛が自分のものだという確信がある。
そして会えなくなってしまうとしても、それが消えるわけではないと理解しているから、許すことができる。むしろ、許すことによってそれを理解するのである。


マーニーとの対話を通して、アンナは自分の周囲に確かに存在していた愛情に気づき、受け入れるようになる。養母とは和解し、信子にも謝罪する。

「普通」ではなく、ありのまま――「わたしの通り」の自分自身をも受け入れる。養母とも和解し、信子にも謝罪する。そして物語は幕を閉じる。


「思い出のマーニー」は私がジブリで1番好きな、というか、今までの人生で見た映画の中で1番好きな映画だ。初めて見たときのマーニーの正体探しをしながら見たわくわく感も好きだし、2度目以降に見たときのアンナの成長物語としてのストーリーも大好きだ。そのうち原作も読んでみようと思う。また何か新しい発見があるかもしれない。

 

10/10 追記

せいぜい1日10PVいけばいいようなこのブログが、昨日だけで200PV突破しびっくりしています…。
この記事を書く前に読んだ考察サイトは以下のとおりです。

思い出のマーニー考察 追体験を通した自己肯定の物語 | おしゃキミブログ 暇つぶし屋
前半と後半でマーニーの様子が違うということはこちらを読んで初めて気づきました。

Shinyaの日記
原作の情報はこちらからいただきました。序盤でぜんそくを起こした理由と信子に暴言を吐いてしまった理由が同じという点でなるほどと思いました。